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金利上昇局面と高配当株

どうも工場のヒラ作業者です。

最近ヒラ作業者っていうより開発みたいな仕事になってきて
ブログタイトルに偽りありな状態です。
でも給料はヒラ作業者のソレなんでいいんです。

半導体系の工場なので、昨今のIoTブームに支えられる形で好業績なわが社。
リーマンショック時にきっちりリストラして稼ぐ力を身に着けた企業は強いです。
欲を言えばきっちり稼いでるんだからもっと社員に還元してほしいもんですが。
もしくは他所の企業買収してのし上がる気概が欲しいところです。

閑話休題

さて金利上昇局面です。債券の方が安定しているので、高配当株は売られやすいです。
ですが、ジェレミー・シーゲル先生のデータでは、どんな局面で投資していたとしても
10年~30年単位で見たときの債券のリターンは株式のリターンに劣後します。
ピーターリンチも言ってたと思います。(ウロ

要約すると、「長く持ってるなら株式のがいいよ!」ってことです。
とはいえ、数年単位でなら債券のパフォーマンスが株式を上回る事だってあるのは当然です。

で、これからがその債券が上回る時期の最初の方って事なんでしょう。たぶん。

つまり、今高配当株に投資するのは、これから数年~十数年におよぶ債権有利の展開を無視する必要があり、
日々売られて割安になっていく(そして評価額も下がっていく)自分のポートフォリオ内の
高配当銘柄を眺めつつ、適時買い増すという作業が必要になります。

隣の庭では債券(国債)は低リスクでキャッシュを生み出します。
さらにその隣ではグロース株がぐんぐん上昇していきます。
他にも周りを見渡すと、不動産、仮想通貨、太陽光etc…の魅力的な投資先がたくさんです。

そんな中、自分の保有銘柄は下がっていきます。
そして普通ならこう思うわけです。私はなんでこんな銘柄に投資したんだろう、他にもっと魅力的な銘柄があるのに、と。

普通の考えだとそこで、流行ってるものに乗り換えるもんです。
だってその方が儲かるのだから、儲かってる皆と同じことをしていればいいと考えるわけです。

ものごとシンプルに考えるべきです。
投資で成功してる人の共通項は、皆が右にいくとき左にいく人だといいます。
俗に言う「へそまがり」ですね。

日本では疎ましがられます。出る杭は打たれ、ミスをしないこと、「集団に埋没することこそ生きる道」と考えるところがある国民性です。(その癖、自由と自主性を尊重するとか体面でのたまいます)

とくに、わが職場の工場の様な閉鎖的な環境では
「非合理だけど集団団結こそが重要」と考える向きがあります。

そういう事言うヤツに限って能力がないチームの中で仕事した気になってる勘違いさんだったりするので、声を大にして言いたい、いや叫びたい。

くそくらえであります。

何が「みんなの気持ちを考えろ」だ、みんなってのはたかだかお前と仲のいい数人の話でこの会社の従業員数百人からしたらどう考えても非合理で無能の考えるやり方だろが。そんな事もわからんから飛ばされて閑職にされてんだよ、ざまぁみろ。

うぇっほん、取り乱しました。
つい去年ちょっと職場の同僚と平和的な(それでいて陰湿な)小競り合いがありまして、
集団心理の話になると未だにふつふつとしたものが込み上げてくる私です。

皆が高配当銘柄を選好しないのであれば、あえて大型高配当銘柄を買い漁る。
シンプルに突き詰めれば、これだけでいいんです。

VYMかHDVでいいんじゃね?って思ったそこのアンタ!その通りだ!
でもそれだけ持っててもあんまり面白くねーけどな!

個別株が面白いと思う人じゃなければ高配当系ETFで十分。
投資してるぜ!って気分に浸るなら個別銘柄。これがシンプルです。
迷ったら両方買ったっていい。リターンを比較してみるのも楽しいです。

そんな事してるうちに、きっと大暴落が来ます。
相場の振子は必ず中心(平均値)に戻ろうとします。そして、それはしばしば行きすぎます。
これはハワード・マークスの言葉です。

今、相場の振子(平均)は中心からどの程度の位置にいるかは誰もわかりません。
しかし、それは必ず平均に戻り、行きすぎます。そして、また必ず戻ってきます。

その時に集団の中で歓喜or後悔するか、それとも独り孤独に歓喜or後悔するか。
これが歓喜になるか後悔になるかは正直歓喜の方がいいわけですが、
もし後悔だったとしたら、孤独に後悔したいですね。

だって涙は一人で流したいですから。

今わたくし、顔真っ赤であります。

気の利いたことを最後に書いてブログ締めくくるのやってみたいとか思わない方がいいですね。

ちなみに、去年の同僚との小競り合いの後、相手グループは別部署に異動となり、
私はその後とあるプロジェクトのプレゼンで社長賞を頂きました。(勝ち誇りのドヤ顔

その時に資料作成で助けてくれ、指導してくれた人達は私にとって、とても大事な出会いでした。
その中の一人の上司さんは故郷に帰るといって、そのプロジェクトが終わって退社されました。
カッコいいおっさんと言われれば、今はその人が思い浮かびます。

自分は孤独だと思ってたんですが、正しいと思うことをやっていれば、
必ず近くに理解してくれる人は居てくれるものなのかもしれません。

ひゃなばーい。